お義兄さまに愛されて -子供時代番外編2-

いっしょの布団で(兄視点)

「シャーディーン、内緒にしてほしい話があるんだ。市街地外れ近くに住んでる子から聞いたんだけど──」
 シャーディーンが街の小学校と呼ばれる小さな集会所に行くと、友達のカナンがひそひそ声で話しかけてきた。内緒という割には顔が嬉しそうで、まるで今から人を騙すような表情をしている。
 カナンはお調子もので、人をからかったり嘘をついたりするのが大好きな少年だ。そんな奴が目を輝かせて聞かせようとする話は、十中八九作り話だろう。
 ため息をついて、小さな黒板と鉄筆を鞄から取り出す。
「なあに、また噂話? 僕、昨日教わった計算式をもう一回確認したいんだけど」 
「いいから聞いてくれ、昨日仕入れた取っておきだよ。市街地外れの墓地に、若い男の死体が埋葬された翌日、家族が墓に行ってみると棺桶が土から出ていたんだ。不審に思った家族が覗くと、棺桶の中には服があった。でも死体は消えている。変だろう?」
「犬にでも食い荒らされたんじゃないの?」
「いいや、違う。その日以来、夜ごと墓にはズズズ……と、地面を擦るような音が聞こえるんだって。きっと死んだ男が無念のあまり、死体のまま這いずりまわってるんだよ──」
 カナンによると、日に日に死体は腐っていき墓地には悪臭が立ちこめるという。
「うぇえ……」
 蝿や蛆をまとわりつかせながら歩く死体を想像して、シャーディーンは胃がむかっとなってしまった。

 その数時間後。リディウスは午後の家庭教師から午後の授業を聞き終え、大きく背を伸ばした。
「もうすぐ夏だな、喉が渇いた。食堂でなにか飲み物をもらおう」
  食堂へ通じる回廊に、六つ年下の義弟が背を丸めてこそこそ歩いている。シャーディーンという名前で、この家に来てから二年たっている。密かにリディウスはこ の子供の愛らしさに心惹かれているのだが、はた目から見れば普通の兄弟のように接し、リディウスの気持ちは秘めたままにしている。
(……様子が変だ)
 食堂の入り口を、おっかなびっくりで覗き込んでいるシャーディーンが、背後にいるリディウスからまる見えになっている。いつも大人しい子だとは思っていたが、今日は挙動不審と言ってもいいほどだ。なにかあったのだろうか。 
「シャーディーン?」
「ひゃっ!」
 背後から声を掛けたのがまずかったのか、全身で飛び上がらんばかりに驚いている。
「なんだ、そんなにびくびくして。盗み食いでもするつもりか?」
「う……、ううん。今日怖い話聞いたから、つい」
「怖い話?」
 聞いてみると、墓地に埋められたはずの死体がなく、夜になるとズズズ……と地面を擦るような音が聞こえるという。
「作り話だって思うんだけど、死体に虫がわいているとか、この時期ありえるなぁって思ったらぞっとして。夜になると、死体がその辺にいるんじゃないかって 思うと怖くって……。小学校から帰ってきて、レムルスと遊んでいた時は忘れられたけど。喉が渇いたからミルクをもらいに来たんだけど、食堂には窓がないか ら、怖くなっちゃったの」
「ほぉ」
 ほの暗い食堂を覗うシャーディーンの瞳は揺れて、心底おびえきっているのだと窺いしれる。
 やれやれ、と先に食堂に入り、おかしいところがないか確認する。使用人がひとり、食器を片付けていただけで異変はない。
「私が見たところ、その死霊はここに来ていないようだな」
 そう言って、使用人にいいつけてもらったミルクを手渡してやると、ほっと胸をなで下ろしていた。
「よかった。カナンのやつ、ほんとに人をおちょくるのが好きなんだから。……ね、兄さま。お願いがあるの」
「なんだ」と答えながら、リディウスはその先の言葉を想像してみる。おおかた、一緒にトイレに行ってほしいとか、部屋までついてきてほしいとかだろう。シャーディーンは動物や生きている者には真っ向から向かっていくたちだが、死霊など怖ろしい部類のものには弱いらしい。
 そういう姿も、リディウスの庇護欲をかき立てられるのだが。
「あのね。今晩だけ、一緒に眠ってくれないかなぁ」
「ひと晩……?」
 心臓が大きく鳴った。密かに恋慕っている者と、ひと晩同じ寝台で眠るというのか。
 ──なにも出来ないのに?
 それは拷問に近いのではないだろうか。
 今だって、シャーディーンがいない間に彼の寝台で眠り、その香りを密かに楽しんでいるという不届きな趣味を持っているリディウスだが、シャーディーンが自分に兄以上の気持ちを持っていないことは承知している。
 これくらいなら兄弟のじゃれつきの範疇だろう、と抱きしめることもある。当然、シャーディーンはくすくすと笑って明るくいやいやをするくらいしかしない。
(昼のうちは、まったく仲の良い義兄弟を装える自信がある。だが、ひと晩となると──)
「兄さま、お願い」
 潤んだ瞳をした義弟に、縋りつくように見上げられる。
 栗色の髪に、自分の黒い目とはまったく違う宝石のように輝く青色がきらきらと表面に水をたたえている。まるで神々しい天の御使いに、たっての願いごとをされているようだ。
 ──逆らえない。リディウスは結局、この弟がかわいいのだ。
「しょうがない。いいだろう」
「ありがとう兄さま、大好き!」
 ほっと安堵した表情で、愛らしい義弟が胸に向かって飛びついてきた。

 リディウスの部屋にシャーディーンを招き、ひとつの上掛けを分け合いひとり用の寝台で横になる。
「兄さま、僕ベッドから落ちちゃうよ。もっと詰めて」
「む……、こうか」
 ぎゅうぎゅうと体をくっつけてくるシャーディーンが熱くて、六つ年下の子供は自分より高い体温を持つのだと思い至る。怖いからなにか明るい話を読んでと言われ、神話の巻物を聞かせてやると、いつの間にか合いの手が打たれなくなった。
「寝たのか? シャーディーン」
 弟のまぶたは閉じられている。ためしに鼻のてっぺんをつついてやると、むにゃむにゃと寝言を言いながら寝返りを打つ。
「ふ、にゃ……」
 すぐに、すうすうという安らかな寝息が聞こえてきた。 
 呑気な見目麗しい弟は、なんの疑いもなくすやすやと眠っている。
 薔薇色の頬には紅が差し、頬はみずみずしく弾力がありそうで、唇は誘うようにぷるんと艶めいている。
 眠っていても、なおシャーディーンの健康美は損なわれることなく輝きを放っている。
 リディウスは大きなため息をつく。
 兄がどれだけ苦労しているか、この弟は気付いていない。
 こんな魅力的な容姿をしている者にそばで眠られると、その性別が男だろうが女だろうが劣情をそそるということを、いつかこの者に教えなければいけない。
「……ふん。死霊が怖いなんて、かわいいものだ。お前は知らないのだな。今安心しきって寄り添っている相手が、お前を狙っているのを」
 この思いはだれにも言えないだろう。いつの日か、死に際にでも本人に伝えられたらいいのだが──。
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