お義兄さまに愛されて -子供時代番外SS-

仲直り

 屋根が開放された部分に、雨水溜めの水槽がある空間――アトリウムと呼ばれる場所――に、幼いシャーディーンの声が響き渡る。
「兄さまなんて知らない!」
 そう言いながら、自分の部屋に小走りで駆けてゆく。
「待て、シャーディーン。言い過ぎた、俺が悪かったから――」
「もういい、兄さまには僕の気持ちなんて分からない!」
 リディウスが追いかけるが、出来るだけのスピードを出し、追いつかれないように逃げる。

 この家の兄弟は四人いる。
 長男のリディウス、次男のミウス、三男のティトゥス、それに血の繋がりのないシャーディーンが四男だ。
 この前、シャーディーンが作った粘土細工のおもちゃにリディウスがぶつかり壊してしまった。シャーディーンが一所懸命に作ったお気に入りだったのに。
 リディウスは「すまなかった」と謝ってくれたが、すぐに「また作ればいいじゃないか」と軽く言い放った。
 ぷぅっと頬をふくらませ、壁を見つめる。自分でも意外なほど大好きなはずの兄に腹が立った。
 あの粘土細工のおもちゃは、改心の出来だったのに。リディウスは工作をして遊ばないから、粘土細工などどうでもいいのだろう。

 幼いシャーディーンにとってまだ世界は狭く、わずかな者しか周りにいない。
 その中でも、兄リディウスは唯一の味方で、はじめてこの家に来た時に意地悪をしていた次兄から助けてくれた。母が後妻に来たストルキア家で、唯一絶対の 信頼を寄せていた存在だった。
(――なのに兄さまが、こんなこと言うなんて)
「もう兄さまとは、口をきかないから!」
 自分の部屋にかわいがっている犬のレムルスだけを持ち込んでしかめっ面をすると、追いかけてきたリディウスもさすがにむっとした顔をしていた。
「そうか、分かった。俺がなにを言っても無駄なわけだ。ならいい。俺も、好きにする」
 そう言って、兄はくるりと背を向けて部屋から出て行ってしまった。
(――しまった)
 そう思ったけれど、もう遅かった。リディウスもシャーディーンを無視し続け、朝食の時ですら話しかけてこなくなった。
 シャーディーンが街の小学校、リディウスが家にやってくる家庭教師に教わっているので、一日会わないでおこうと思えばいくらでもそうできる。
 それから、今日で丸二日だ。

 小学校から帰ってきて、すぐに兄の部屋近くの廊下に向かう。家庭教師と話している声が聞こえてくる。
(うぅ。兄さまと喋りたい)
 今日はなんとか、仲直りしたい。なにかきっかけがほしい、リディウスと今までのように楽しく笑い合いたい。
 なのに、なんて言ったらいいのか分からない。リディウスにはたくさん友人がいるけれど、シャーディーンには物言わぬ動物たちと、ほんのわずかな友人しか いない。
 時々、笑い声が聞こえてきて、うつむいてしまう。兄は家庭教師と快活に笑いあっている。シャーディーンがいなくても、まったく困っていないようだ。
(兄さまは、誰とでも仲良くできるし、先生とも上手く話せるけど・・・・・・。僕はほかに親しい人なんていない)
 考えると落ち込んでくる。
(口をきかないなんて、言わなきゃよかった。兄さまと喋りたいけど、きっかけがないもの・・・・・・)
 こつん、と足元の小石を蹴る。
 どこからか走り寄ってきたレムルスが、小石を使って遊ぶのかと勘違いして、それを追いかけていった。シャーディーンの足元に小石を持ってきて、嬉しそう な顔をしている。遊ぶ気満々だ。
「遊ばないの。僕がここにいると兄さまに知られたくないの。静かにしてて、レムルス」
 円形の噴水がベンチになっているところに座り込み、指を唇にあてて黙らせようとする。だが、レムルスは分かっていないのか、しっぽをよりいっそう降り続 けている。
「しょうがないな」
 思い切り小石を投げて、レムルスに遠くに行ってもらおう。その間に、リディウスと仲直りできればいい。
 シャーディーンは体をひねり渾身の力をこめて、小石を庭の方向へ放った。
「っ! わわっ・・・・・・」
 噴水のベンチに腰掛けていることを忘れていた。
 体の向きを変えたせいか、バランスを崩してしまった。傾いた体は、半分飛沫がかかっている。このままでは、噴水に突っ込んでしまう。
「なにをやっているんだ、お前は」
 あきれたような声が聞こえ、胴体を背側から抱えられていた。
 後ろを振り返ると、そこにはシャーディーンが倒れ込まないように支えてくれていたリディウスがいた。軽くため息をついている。
「お前はほんとうに危なっかしいな。頭から噴水に突っ込む気か」
「兄さま・・・・・・!」
 兄はシャーディーンよりも六歳上だ。栄養が行き届いた体は逞しく、捕まえられた腕には自分にない力強さがあった。
(兄さま、やっぱり僕より大人なんだ・・・・・・)
 変なことに感心してしまう。もう少しでびしょ濡れだったということより、そっちのほうが大事に思えた。
 目が合うと、リディウスはふいっと視線を逸らす。
「お前が昨日から、部屋の前に来ていることに気付いていた。気配がするのと、犬まで一緒だからな。・・・・・・その」
 子供っぽいことをして悪かったな、と言う。兄の顔は、少し照れくさそうだった。
「・・・・・・!」
 許してくれるんだ。
 そう思ったら、顔がぱっと明るくなっていた。
 やはり、兄は自分よりも良い意味で大人だ。先に折れてくれた。 
「アルファルドが、市場で珍しい菓子を見つけたと言っていた。今から一緒に食うか」
 今度は目を見て言ってくれたので、ぶんぶんと首を振って頷く。
「なら、早く食堂に行こう。早く来ないと、お前の分も食べてしまうぞ」
 照れる姿を見られたくないのか、背を向けて食堂のほうへ向かってしまった。
 少し遅れ、シャーディーンはててて、とリディウスの背を追いかけてゆく。
「兄さま、兄さま。あのね・・・・・・」
 意地張ってごめんね。口きかないなんて言ってごめんね。僕ずっと、兄さまと仲直りしてお話ししたかったの。
 そんなことを全部、お茶をしながら打ち明けたい。リディウスはきっと、微笑みながら頷いてくれるだろう――。
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