ふたたび出会って好きになる ~おまけSS1~

篤史の不在 (和馬視点)


 北風が吹きはじめ、街路樹の葉が落ちる頃、和馬は篤史と洋室で教科書を囲んで勉強会をしていた。
部屋は、床に敷いた暖房入りのカーペットのおかげで暖かく、気を緩めると眠気が襲ってきそうだ。
だが、見ていないとすぐにサボろうとする篤史のそばでそんなことをすると、せっかくの勉強会も台無しになってしまう、と思い背筋を正す。
「和馬、この問題解き終わったらさ」
ちゃぶ台の向かいから、視線を教科書に向けたままの篤史が話しかけてくる。
「なんだ?」
「よくできましたって、ご褒美がほしいなぁ」
ちらり、と上目遣いでこちらを見上げてくる篤史が、子犬のように健気でうっと息が詰まる。
ご褒美。
それは付き合い始めた頃はスキンシップを指す言葉だったのだが、秋のなかばに体を繋いで以来、セックスすることを指すようになってしまった。
 秋の旅行以来、篤史はたびたび体を求めてくるようになった。
おもに和馬の部屋で、勉強を終えたあとに肌を重ねるのが常で、勉強が目的なのか和馬の体が目当てなのか、篤史は熱心に家に寄りたがる。
 和馬も、篤史とセックスすることはいやではない。けれど、あんまり篤史が夢中になるので、自分は体の次に大事なものかと思ってしまう。
「篤史、あのさ。キスくらいならいいけど、今日は時間も遅いし、それ以上は」
「なんだよ、女の子の日か。和馬のケチ」
 篤史が唇を尖らせ、不満そうな表情をする。
「俺は女じゃない。ふざけんな」
 そばにあったクッションを投げると、
「ごめん、今日はすごく、和馬といちゃいちゃしたかったんだ」という篤史らしくない落ち込んだ声が聞こえてきて、良心が痛んでしまう。
「……なるべく早く、どっちも終わらせるんだぞ」
 ぼそりと許諾の言葉を口に出すと、まだシャーペンを握ったままの篤史が飛びついてきた。
「あ、バカ。ちゃんと終わらせろ」
「えっちできたらあとでやるもーん」
 そのまま、なし崩し的に寝台になだれ込む。覆いかぶさってくる温度に逆らえない和馬も、すっかり篤史の能天気が移ってしまったのかもしれない。

「じゃあ、また明日学校でな」
 すべて終わったあと、つやつやした笑顔で篤史が玄関から出ていこうとする。
「ああ。じゃあ、明日」
 和馬は体全体に気だるい疲れを感じてしまい、ほっと息をつきながら手を振り、篤史を見送る。
 篤史にとって、和馬は簡単にえっち出来るだけの存在なのではないだろうか。もちろん、好きだという感情はあるのだろうが、それ以上に性欲の捌け口にされている気がしてしょうがない。
(セックスを覚えたてだから、全部俺にそういうのをぶつけてきてるんだよな)
 和馬だって覚えたばかりだが、篤史のように誰かに欲をぶつけるわけではないから、少し感じ方が違う。篤史が好きだし、体を繋げたいとは思うが、あそこまでガツガツしないのだ。
 こういう互いの欲の不均等さを思うとき、どうしても頭によぎってしまうことがある。
(あっちゃんは俺のこと、本当に好きなのかな……)

 短い冬休みが始まると、篤史がLINEで悲壮な顔をしたスタンプを送ってきた。
『合宿に行くって言うの忘れてた。今日から三泊四日、和馬と会えないよー』
 篤史と最後に会ったのは、二日前だった。今まで一日おきには会っていたので、会えないと駄々をこねる篤史がかわいらしいと思えて、くすっと口の端に笑みが浮かんでしまう。
『大変だな。お疲れさま』
『そのあいだ、和馬とえっち出来ないのがつらい』
『早く行ってしまえ』
 やれやれ、とスマホをベッドに投げて嘆息を吐く。相変わらず、性欲の旺盛すぎる奴だ。
 そう思い、窓を開けて望遠鏡をのぞきはじめる。冬の冷気が部屋に滑り込み、薄い夜着の上にジャンパーを羽織る。
(いい機会だ。篤史がいないあいだに、ほんとうにあいつと付き合う必要があるのか考えておこう。俺はひとりで、なんでも出来るようになったんだから……)
 白い息を吐き、手をあたためて澄み切った夜空に向かい合った。

 翌日、ランニングを終えて朝食を食べていると、母に話しかけられた。
「最近、篤史君の顔を見ないわね」
「うん、あいつ今合宿に行ってる」
「あら、そうなの? 最近、しょっちゅう一緒にいたものね。さみしいわね」

 部屋に帰って宿題を済ませ、星の観察をする。冬は空気がキンと冷えているせいか、気持ちが引き締まる。
 星と向きあっていると、何万光年も向こうの存在と対話しているような感覚を覚える。
(もとに戻っただけだ。もともと俺は、ひとりのほうが好きなんだ)
 でも、篤史がいると賑やかで、いつも明るい気分になる。
 最近は体を求めてきてばかりだったけれど、幼い頃は遊ぶだけで楽しかった。篤史がいるとその場が明るくなるし、和馬が困ったときはいつも助けてくれた。
 それに篤史がいないと、毎日騒がしかった日常が急に、しんと静まりかえったような気がする。
 星を見るときはいつもと同じだけれど、勉強をするとき、部屋のどこかに篤史の姿が見えないと、なにかが抜け落ちているような感じがしてしまう。
 それだけ、篤史の存在が和馬の生活に入り込んでいたということだろう。
 母のつぶやいた言葉が、頭に思い浮かぶ。
『しょっちゅう一緒にいたものね。さみしいわね』
(さみしい、か……)

 その晩、合宿中だからと控えていたLINEを篤史に送ってみた。
『元気? バテてない?』
『なになに、どうしたの? 和馬から連絡来るなんてめずらしい』
 その文字を見た瞬間、心の中を見透かされているような気になった。篤史の不在に違和感を持つ自分を、篤史が知っているかと思ったのだ。
 そんな気持ちをごまかすように、和馬はスマホをタップする。
『べつに。どうしてるかって気になっただけだ』
『バテ気味だよ。練習がめちゃくちゃハードだから。早く帰って和馬に会いたい』
『会いたい』という文字が、まっすぐに飛び込んできて、和馬は目を瞠る。
 篤史はいつも、ストレートに感情を表現する。すべてにおいてそうだ。告白されたあとにすぐ「ぶち犯したい」と言われてびっくりしたことを思いだした。
『帰ってきたら、まっすぐ俺のところに来い』
『和馬? どうかしたのか』
『別になにもないけど、お前の顔がみたくなっただけだ』
 文字の終わりまで指をスライドさせると、途端に頭に血が昇ってスマホを遠くに投げてしまった。
 なんて恥ずかしいことを平気で言ってしまったんだろう。久しぶりだからって、今のせりふはクサすぎる。篤史から返信が来た音がしているが、羞恥のあまりしばらくは確認出来そうにない。
「くそ、バカなことを言った……」
 寝台に上がると布団をかぶり、しばらくは自分を罵っていた。
(でも、あさってにはあっちゃんの顔が見れる)
 篤史はどんな顔して来るだろう。さっきの和馬のセリフがクサかったといって、笑いながらドアを開けるだろうか。それとも、いつもと変わらないようすで来るだろうか。

 二日後の夕方、家のチャイムが鳴った。
 階段を下りてゆくと、少し引き締まったような篤史がにこにこと笑いながら玄関に立っていた。大きな荷物のままで、手には土産ものらしい袋を持っている。
「和馬きゅーん!」
(なんだそれ……)
「おみやげ、わさびチップス。約束通り来たぜ。五日振りだな」
 ガサ、と音を立てた袋を受け取るとき、まともに篤史の顔を見るのがとても恥ずかしい気がした。和馬は今まで、どんなふうに篤史と接していたのだろう?
 和馬の部屋でわさびチップスを一緒に食べながら、なるべく目を合わせないようにしてお互い不在の五日のことを報告する。少し見ない間に、篤史が野性味あふれる顔つきになって、締まった感じがした。和馬の知らない者のようだ。
「二日目は、十kmマラソンをしたんだけど、キツかったなぁ。和馬が一緒に来てたら、きっと吐いてたぜ」
「あはは」
「それと、晩に好きな子の話とかしてたんだけど。同じ一年の伊藤が、男のくせにジャニーズが好きでなんとかきゅんって呼んでたから、俺も真似しようかって思って。合宿中、和馬のことを和馬きゅんって心の中で呼んでた」
「それで、和馬……き、きゅんとか言ってたのか」
 自分の名前に愛称を付けられるのは、どうにも照れるせいか言い慣れない。それより、篤史が合宿中も和馬のことを思いだしていたのだ、と思うとむずがゆくなってしまう。
「そう。かわいいじゃん、和馬きゅんって」
 気付くと、すぐ目の前に篤史が移動していて、肩を掴まれていた。背をもたれかけていた寝台に押しつけられ、そのままキスされる。
「あ、篤史……」
「和馬、会いたかった。お前は?」
 篤史の目が潤んでいて、遠くにある星のようにきらきらしている。
 篤史も、自分と同じように、和馬の不在を違和感があると思ってくれていたのだ。さみしいと感じてくれていたのだ。
(……ずるい。俺は会いたくて仕方なかったのに、それを分かっててそんなこと聞くなんて)
 篤史がいないあいだ、ひとりがさみしいと自覚させられた。
 それまでうっとうしいと思うほど一緒にいたから、きっとその反動なのだろうと思ったが、なにかにつけて「今、篤史がいたら」と考えてしまった。和馬にとって篤史はもう、日常の一部になってしまっていたのだ。
「さみしかったよ」
 ぽろり、と本音が口を突いて出る。
「あっちゃんがいたらな、って思うことのほうが多かった。だから、約束守って、俺のところに来てくれたことが嬉しい」
 顔が熱くなってゆく。きっと、今自分は赤面しているのだろう。だけど、会いたかったとはっきり伝えてくれた篤史に、自分の気持ちを正直に言うべきだと思った。
 言い終わらないうちに、目の前が篤史ののぼせたような顔でいっぱいになる。次の瞬間、もう一度唇が押しつけられていた。
「あ、あっちゃ……んっ」
 舌が入り込んでくるので、唇が濡れてしまう。着ていたフリースの下から、篤史の遠慮しない手が肌をまさぐる。
「和馬、お前五日間でなんでそんなにかわいくなってんの? もういい、お前の気持ちはじゅうぶん分かったから、このままやらせろ」
 唇をはずした篤史が、半開きの目でやらせろ、と直接的な言葉を言ってくるので、がっくりとうなだれてしまう。
「なんでお前は、迫るときにムードがないんだっ!」
「あー、無理。聞こえない」
 次にに与えられたのは、小鳥が小刻みについばむような、愛らしいキスだった。いやらしいキスのあとに、それでは駄目かと考えた篤史の思考が手に取るように分かって、思わずぷっと笑ってしまう。
「わかったよ。いいよ、いいから」
 顔の筋肉が緩みきってしまうのが、自分でも分かる。体にのしかかってくるあたたかい重みを嬉しいと思う時点で、すでに和馬の負けなのだ。
 少しのあいださみしい思いをしたが、これから会いたいときにはいつでも会える。そのことが嬉しくて、胸にあたたかいものが湧いてくる。
「……ただいま、和馬」
「おかえり、あっちゃん」
コツンと額をくっつけられ、改めて篤史が自分のところに帰ってきてくれたのだという思いをじわじわと感じる。くすくすと笑いながら、ふたりで蜂蜜のように甘い時間を楽しんだ。
 【了】
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